人生という地獄

僕の人生 少し見てみて

死にたい毎日

久しぶりにはてなブログに来てみました、最初に書いたブログから約2年が経ちましたね。もう前の記事に何を書いたか忘れました。元号が変わり新しい時代が始まりました、実際実感ないですけどね。

つい最近は子どもの虐待が表面化しニュースでも取り上げられ話題になるようになりました。僕が虐待を受けていた頃はニュースにはならず虐待としつけの区別がされていなかったです。児童相談所みたいな所もかなりの田舎だったのでなかったし、虐待(暴力)を受けていると周り(親戚)が分かっていても見て見ぬふりをされてました、今となっては何故なのか疑問に思います。

ところで自分はどうか?2年経って何か変わったか?残念ながら2年前と何も変わっていないです。
精神的な病気(うつ病)はまだ治らず病院を変えても同じ種類の大量の薬を出されて終わり、こういう事で苦しんでます、助けてと医者に伝えても「あぁそうなんだね、辛いね。」と言われて終わり、薬が多過ぎて副作用がとても辛いし薬を見ただけで吐き気がして飲めない事が多いです。

北海道だと精神病を本格的に治療できる技術がある所はとても少ないです、特に僕は色々な精神病が重なっているので大都会に行かない限り完全な治療回復は無理だと思っています。
引っ越しを考えましたがお金がないし今は働ける状態でもない、無理に働くと逆に会社に迷惑がかかってしまう。じゃあどうしたらいいか?どうしようもないが結論です。

大量の薬を飲んで副作用に苦しみ吐きながら耐えるか?薬を飲まず病気で苦しむか?どちらかしか選択肢はない状態です。どっちも苦しむなら死んで楽になった方がいいという考えしか浮かばなくなってしまいます。

自傷行為も前より酷く腕は傷だらけでボロボロです、他人が見るとドン引きするでしょうね。
自殺未遂も何度もしましたがただ苦しくて痛いだけでなかなか死ねないです。やっぱり死ぬのが怖いという気持ちがあるからだと思います。よく勘違いされますが誰かに殺されたい訳ではないです、自殺をしたいのです。自分で死ななきゃ意味がないんです。

自分を支えてくれる人も身近にいないし、両親は僕を捨て好きなように生きています。もう存在を忘れているかもしれません、忘れていなくてももう親とは関わりたくはないし、顔も見たくありません。何年も虐待をして僕を殺そうとしたり、僕の居場所をなくし邪魔者扱いをした人は親ではないです。

ずっと孤独、小さい頃から孤独でストレス、恐怖、苦しみ、痛みを耐えながら育ってきました。孤独に慣れすぎて逆に誰かがいると不安に思ってしまう時もあります、だからもう孤独でいいと強がっています。だけど本当は誰か助けてほしいし寂しいし誰か傍にいてほしいという気持ちが出てきますがその気持ちを殺しています。その気持ちを殺さないと泣いてしまうし、ずっと暗い気持ちになってしまうので。何度も泣いたって誰も助けてくれないのだから泣いても無駄なんですよね、分かってるのに。

本当は誰かに本当の気持ちを伝えてみたいです。でもそれが怖い、何故ならほとんどの人が精神病(うつ病)を理解できる人が少ないからです。
理解できない人は大抵説教と自分語りが始まり、ほとんどの人が「お前は甘い」と言います。
確かに一般的には「甘い」という言葉で片付けられるでしょうね、理解できない人に何を言っても無駄で同じ病気を経験するか身近にそういう人がいない限り分からない事なのでしょう、だって自分が経験してないのだから。

正直他人を支えてくれる人というのはなかなかいません、今の時代自分だけで精一杯ですからね。それに精神病を理解するのも難しい事なので尚更存在しないんじゃないかと思います。(断言はできませんが僕の周りにはいませんね)

ちょっと疲れました、もっと楽しい事書いたらいいと思うのですが、僕の人生は辛い事しかないので楽しい事って言っても難しいですね…。前に祖母に「生まれてこなければよかったね」と言われましたが本当にその通りだと思います、24年生きてきましたが無意味な人生だなと強く感じてます。まだ若いからこれからと思う方が多いと思いますが僕の未来は絶望しか見えていません。

今でも毎日のように死にたいと思っています、これは2年前と変わらないです。この先も自殺を試みる事が何度もあると思います。死にたい、疲れた、助けて、辛い、苦しいと自分の思いを素直に訴えられるのがこのような場所しかないのが辛いです。

くだらない記事でしたが最後まで読んでくれた方は本当にありがとうございます、生きてたらまたいつかブログを更新します。

疲れてしまった人生

初めまして、こんにちは。

はてなブログでブログを書くのは初めてになります。

これまでもブログを書いたことがあるのですが、なかなか続かなくて途中でやめてしまいました。

今回どうしてまたブログを書こうと思ったのか?それは、最近【人生】に疲れてしまってできれば死のうと思っているのですが、楽に死ねる方法がなくて我慢しながら毎日を生きています。そんな中で今生きている事を少しでも誰かに話せたらいいなと思い、今回ブログを改めて書くことにしました。

私が書くことは一般の方、普通の人には理解できず批判や怒るかもしれないのでブログ閲覧は控えた方がよろしいかと思います。それでも大丈夫な方は最後まで読んで頂けたら嬉しく思います。

 

それではまず、何故人生に疲れてしまい死のうと思ったのか?最近の若者は簡単に【死にたい】という言葉を使いますが私はそんな簡単な事ではありませんし、ふざけている訳ではありません。真剣にそう思っています、まずそこはご理解下さい。

 

最近の出来事から書きますが、ある日突然仕事に行けなくなってしまいました。

仕事の時間にちゃんと起きて支度をして、よし仕事行こうと思った時に玄関で急に動けなくなってしまいました。玄関のドアを開けることができず、頭では仕事に行かなきゃ!と分かってはいるのですが体は動いてくれませんでした。そのまま動けず時間はどんどん過ぎていきました、遅刻時間になってしまっているのでその日は仕事を休みました。なんて説明したらいいか分からないですが、本当に体が動いてくれませんでした。初めての現象に自分でもビックリしました。

その日から仕事になかなか行けない状態が 続き結局はその仕事をやめてしまいました。仕事を休んだ期間は1カ月です、毎朝仕事に行かないとと思ってもうまく体が動かず、不安や恐怖が襲ってきました。

何故そのような事になってしまったかは自分でもよく分からず、仕事内容も嫌ではないし職場の人間関係も苦手な人はいましたが我慢できる範囲でした。

主な仕事内容は接客業なのでお客様と接する機会が多く大変でした、特に祝日はお客様が多くなるので忙しさはありましたね。

 

仕事を休んでいた期間に精神科の病院を探して自分はどういう症状なのか診察してもらいました。医者には【重いうつ病と言われ、今の病院だと色々な症状が重なってて検査しきれないから大きな病院に行って下さいと言われました。

その時自分はうつ病になってしまって自分の情けなさと少し安心を感じました、何故なら自分は仕事を休んでいいんだという気持ちと、こんな事で自分は心の病気にかかるのか?という気持ちが出てきました。

大きな病院にかかるまで今の病院で精神安定剤の薬をもらいながら今は生活しています。しかし薬も個人的に飲みたくなくて、理由は自分の父親うつ病にかかった事があり薬の副作用?などで手など震えていて喋るのもちょっとおかしくなっていたからです。そんな父親の姿を見ているので自分はあのようになりたくないと思っています。

 

病院から薬をもらいながら仕事を休んでいましたが、自分は一人暮らしなので生活費がないと生活できなくなってしまいます。その要素が一つの不安となり、どんどん不安が強くなり落ち着かなくなったり、自分を傷つけて落ち着かせようとします。

自分を傷つけるのは根性焼きをしていて、リストカットをしてみたんですが自分には合わず根性焼きの方がじっくり痛みを感じられて心を落ち着かせる事ができたので自分には根性焼きが合いました。( 血を見るのが少し苦手というのもありました(笑) )

 

【閲覧注意】

根性焼きをした腕は数が増えていくので痛みはありましたね、しかしその痛みが心を落ち着かせてくれました。いわゆる心の痛みを実際の痛みに変えて紛らわせるという感じです。

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日に日に根性焼きが増えていきました、なんというか根性焼きをしてこの傷を増やすことによって周りに助けを求めているっていうのもありますね。

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でも周りに見せたとしても助けてくれる人なんていないんですけどね。

 

何故親に頼らないのか?と思う方がいると思います。

親に頼ることは色々な理由があってできないんです、まず親に助けを求められるなら一人暮らしはしていません。

 

少し自分の昔話をします。

私は小さな頃から両親から虐待を受けていました、叩くなんて当たり前で殴る、蹴る、持ち上げられ投げられる、物で叩かれる、物を投げられる等々。

どこかのドラマかよ!と思う方もいると思いますが実際に自分が経験した出来事です。

自分には妹がいるのですが妹も虐待を受けていました、暴力を受けている所を自分は怯えてただ見ている事しかできませんでした。

救いなのが妹は遅く生まれたので自分よりは虐待は少なかった事です。

 

そんな環境の中で自分は育ちました、自分がよく覚えているのは母親に灰皿で殴られた事ですね、たしかまだ幼稚園児だったような感じがします。

今話すと母親は笑い話で話しますが、自分はあまり笑えません。下手したら死んでましたからね。

あとは自分の両親はよくケンカをしてました、口喧嘩では終わらず殴り合いとか凶器で喧嘩とか色々、自分の目の前(子どもの目の前)で喧嘩していたのでよく覚えています。自分が寝ている寝室にまで来て、自分は二段ベッドの下に寝ていてその上で喧嘩している事もありましたね(笑)妹が生まれた時も自分たちの目の前で両親が喧嘩していました。

その頃の自分は幼稚園児、小学校低学年とかだったのでただ怯える事しかできませんでした。祖母の話によると自分が生まれた時から両親は喧嘩をしていて、その間に自分がいて毎回泣いていたみたいです。そして父親は暴力を振るうので母親が自分をかばって守ってくれていたそうです。今で言うDVですね、喧嘩のたびに母親は怪我とあざだらけだったそうです。そしてかばい切れずまだ赤ちゃんだった自分にも危害を加えられたらしいです。(歯が折れたらしいです)とにかく両親の喧嘩が多かったです。

 

そんな環境なので自分はよく怯えて生活していましたね、食事もうまく食べれず勉強も自分の部屋がなかったので、両親が気になってなかなか勉強できませんでした。

運動会などの行事も母親はたまに来てくれましたが父親はあまり来てくれませんでしたね。周りの友達たちは両親は来ているのに自分は来てくれなくてよく寂しい思いをした記憶があります。用事で来れないとかならいいんですけど、用事も何もなく家に帰ったらいるのでよく『運動会ぐらい来てよ』と思った事があります。怖いから言えませんでしたけどね。

友達関係もうまく作れずよくいじめられてました、親の都合で転校を2回した事で仲良くなった友達もいなくなってしまいましたね。

1回目は父親の仕事の都合で2回目は両親の離婚です。

中学1年生の時にいきなり親から離婚するからと言われて母親か父親のどっちと一緒に住むか聞かれました、いきなりすぎて少し悩みましたが父親からの暴力が多かったので母親と一緒に住むことにしました。1回目の転勤後父親うつ病にかかってしまいずっと家にひきこもっていたので、母親ももう限界だったのでしょうね。

 

母親と妹と自分、三人で暮らすことになって暴力などの不安や恐怖心がなくなると思っていましたが、まだまだ大変な事が色々あって母親はとにかく人の話を聞かずに自分の意見だけ正しいと思っているバカなので、自分の事をなかなか理解してくれずよく口喧嘩をしました。まぁよく母親と喧嘩したのは離婚する前からですが・・・。

小学生の時は母親からも虐待を受けてましたが、それよりも自分の事を全然理解してくれなかったのでそれによく腹が立っていました。

高校生の時もよく理解の件で母親と喧嘩して家出をよくしてました、だいたい1カ月くらい友達の家にいました。母親からの心配の電話もなかったので自分の息子の事はどうでもいいんだなと感じました。あとは自分はそばアレルギーなんですが母親はその事を忘れていてそばを使った料理を出してきた時は腹が立ちました。気づいたのが食べた後で自分がそばアレルギーという事を忘れていたのは仕方ないですが、その件について謝罪も何もないのでその事に腹が立ち喧嘩になってしましました。

 

そんな中、高校を卒業して自分が大阪に引っ越しししたのですが大阪でうまくいかず地元に帰ろうと思い母親に電話したのですが、母親は引っ越しをしていて自分だけ部屋がない(妹は部屋がある)物件に住んでいたので住む場所がなく困ったことを伝えても、『いいから早く働いて、その働き先で暮らしな』や『知り合いに仕事紹介してくれて住む場所も提供してくれるから』など適当な事を言われて自分はどうでもいい邪魔者なんだなと実感しました。

自分の息子を助けず他人に任せてほっておくって本当に酷く怒りを感じましたし、全然納得できませんでした。

結局地元に帰ってきて今でも交流のある友人宅に1年居候して自分で部屋を見つけて現在に至ります。

とにかくこれまでの自分の人生はハードモードすぎて疲れてしまいました、まだ私は22歳ですけど。当時の小さい頃の自分は自分の家はこうなんだ、虐待もしつけなんだと思っていましたが今では虐待、DVなど表に出てきてみんなが分かる範囲になってきました。自分はどうしてちゃんとした家族の元に生まれてこなかったのか?家族で楽しく食事なんてした事がありません、周りの家族を見ると幸せそうで本当にうらやましく思います。

 

そんな理由で両親に頼ることができませんし頼りたくありません。

そして父親は音信不通で今どこにいるのか?生きているのかも分からない状況です。

一人暮らしなので全部一人でやらないといけないので大変ですし、やっぱりどこか寂しい部分があります。周りの今の若者は家族の家で幸せそうに暮らしているのに、自分は家族に見捨てられたようなもので、友達も少なくて一人暮らしでひそひそと生きている。しかもうつ病にかかり仕事には行けず、不安と恐怖心しかない状況で明るい未来なんてありませんし、自分が生きようと思う気力もありません。将来の夢も目標もないので生きてる意味がないです。

よく思います、目の前に歩いている人たちはどうして生きているのか?何のために生きているのか?なんでそんなに頑張って生きれるのか?この先、生きていても苦労や苦痛に耐えながら仕事を高齢者になるまで強制的に働いて仕事から解放されてもその頃には体を痛めている老人になっている。そんなよぼよぼになっている老人が気楽に遊べるわけがない。

この世界は選ばれた、恵まれた人しか生きられない世界だと私は思います。

選ばれなかった人間は苦労しか味わえることしかできません。

そんな世界で生きていても仕方ないと私は思っています。

【あくまで個人的な意見です!】

このような事を当時働いていた居酒屋の社長に言ったらすごく怒られました。

『なにも世の中分からないガキがほざいてんじゃねぇ!!』って怒られましたが個人的な意見なのに『それは違う』だのなんだのって意味が分からない。

正直、人の考えた意見を正すような人間は間違っていると思います

その発言はその人が考えて発言した事なのでそれは貴方の個人的な意見として受け取ればいい話です。自分の意見と違うからと言ってその人の発言を間違えだなんて言う資格はありません。

『君はそういう意見なんだね、でも私はこういう意見なんだ』とコミュニケーションをとればいいと個人的に思っています。会話はキャッチボールなのでね、まぁ難しいですけど・・・。

 

この記事を見て『君は甘い』とか『間違ってる』って思う方はいるかもしれませんが、私はこういう意見なので。

 

さて話が長くなってしまいましたが今の状況を簡単に言うと【生きる理由を見失っています】

今は色々辛い時期です、生きているのが疲れてしまっています。これから先の事は考えてくないですが考えないといけません。これから自分がどうなるのかも分かりません、ただ明るい未来は待ってはいないでしょう。そんな心境の中で今回ブログを書かせて頂きました。このブログを見て頂いた方は色々な意見が出てくるでしょう、誹謗中傷は嫌なので控えてほしいですが、こんな人間もいるんだなと感じてくれればいいと思っています。

 

長くなりましたが最後まで閲覧して頂きありがとうございます。

また機会があればブログを更新したいと思っています、それでは・・・。